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プラグマを眺める

  • 執筆者の写真: 威 高松
    威 高松
  • 2024年3月14日
  • 読了時間: 2分

更新日:2024年10月1日

「プラグマを眺める」

高松威/高良優子二人展

2024年2月3日(土)-25日(日)

13:00-19:00(最終日-17:00)

※月火水休廊


2kw gallery

〒520-0053

滋賀県大津市音羽台3-29-1


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 なにかこちらから働きかけることで、そのものとの距離感は動くたびに離れていく気がする。それは手をかける度に愛着が増して、そのもの自体から隠されていくからだろうか。


 働きかけることを繰り返すなかに慣れや懐きがある。かたく集中しなくても、意識が取られることがないような、余裕のある身振りに安心する。物事を滑らかに進めていくそれらは作業的で冷たい印象になっていく。そのものに対する新鮮な興奮した手つきではなくなっただけかもしれない。


 繰り返す物事をおもうことや、語ることができる居心地のよさ。自身を豊かに感じるひとつの方法のようにおもう。それは回想することとよく似ている気がする。


 可能性を捨てて選択していくことを繰り返してはそれらを回想する。過去から現在に投げかけられる期待をおもう。そういった仕方で物事を眺めていく時に、新しさではない地点で生き生きとした現実を見つけていくことができるのではないだろうか。


 「書くことで自分をまずしくする、そう感じることがある。 (中略)選びとらなかった部分から新しい力を引き出すことが出来なくなる。」

鶴見俊輔著、期待と回想 語りおろし伝、朝日新聞社、2008、p,590



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